『宇宙ワイン』エピソード・ゼロ。「ソムリエとぶどう畑についての用語」と「ぶどう畑の三体問題」

今日は、この『宇宙ワイン』をどんなノリで作ってるのかの話です。普段より長くなってしまうのでもしよかったらお時間のある時にお読みいただければ幸いです。もう、今までの投稿を毎回ごらんくださってる方々は、なんかもう今更言わなくてもという感じだと思うのですがまぁ、かるーくご確認くださいませ。

『宇宙ワイン』は、ソムリエとぶどう畑をより強く結びつけるためにあります

ワインって多様ですけど、ソムリエも1人ひとり個性がありますよね、特に日本のソムリエは。私の知り合ったソムリエさんたちが単に強烈だっただけかもしれませんけれども・・

いやそんなはずはない・・っ!だってそれは当たり前で、日本には世界中の様々なワインが入ってきてしかも、相わせるお料理の数も無限にあって、1つのテーブルのためにいろんな組み合わせができるわけですし、テイスティング能力も高くて、お客様の食への感受性が飛び抜けて高い。そんな環境で様々な括りを使ってワインを扱って、一本のワインでもいろんな方向から魅力を引き出せるわけですから。自然とソムリエが個性的になっていくと。もちろんこの因果は検証不可能ですけども、日本のソムリエは個性が強えよ・・というのはブルゴーニュに来て鮮明に思ったことの1つでもあります。

個性的というのはつまり、「ソムリエが思うワインとはこういうものかなという感覚がみんな違う」ということで、これは確かでしょう。そんな中で、1人ひとりのソムリエが自分の興味に乗っかってぐんぐんその先に向かって行けるように、ぶどう畑の見地からお手伝いをするのが私の仕事です

具体的には『宇宙ワイン』では、ぶどう畑に関する基本的な用語を共有していきます

ぶどう畑がワインにとってどれだけ重要な存在なのかってことはわかってるんだけど・・

もうちょっと詳しく話していくと・・

ぶどう畑がワインにとってどれだけ重要な存在なのかってことは、認定試験の受験勉強し始めた瞬間から、何かこう深く刻まれますよね。例えば、61シャトーを記憶する時、そのシャトーが何村にあるかってことと一緒に覚えるんですよと刷り込まれる。ブルゴーニュの特級畑も何村にあるのかを覚えてないと意味がないよと。白地図に色を塗りながら、セパージュと赤なの白なの甘口なのスパークリングなの・・?って。

ここにあるこのアペラシオンが、こういう質のワインなのだ、というのを記憶するのがまず第一歩として重要なんですよね。つまり、ぶどう畑とワインの質に絶対的な関係性を見出している。この辺りの話は、テロワールの定義につながっていくので、いずれしっかり時間を取ることになるすごく面白いとこです。

醸造や熟成の項目はしっかり理解できるのに、ぶどう畑の項目はふわっとしてしまう

だからワイン自体を扱っている時も、ソムリエたちはぶどう畑の存在をいつも頭の中で意識してる。だけど一方で、例えばインポーターさんからのワインの資料を読む時、醸造や熟成の項目はしっかり理解できてる実感があるのに、ぶどう畑の項目はふわっとした理解になっちゃうってことはよくあると思います。詳しくなりたいから、そういうぶどう畑の資料を読むし、本屋さんで色々買って読んでみるのに、いっつもふわふわしちゃう。

それってなぜかというと、用語の定義が曖昧な状態で読んでるからなんですよね。醸造や熟成についての用語は記憶してるしみんなに共有されてますし、普段から使ってますけど、でもぶどう畑についての用語はそうじゃないってことです。

流通している書籍は、用語の定義が共有されてる前提で話題が始まっちゃてる

ワイン関連の書籍って本当に充実していて、紀伊國屋さんとか丸善さんとかの本店に若い頃はよく通ってたんですけど、ぶどう畑の本も面白いのがたっくさん出版されてますよね。でも、今読んでみると、どれもちょっとレベルが高すぎるなって気づいたんです。

というのも流通している書籍は、用語の定義がすでに共有されてるという前提で話題が始まっちゃてるいらです。何も知らない状態を前提に書かれものをレベル0、より多くのことを先に知っておかないと理解できないのをレベル10とすると、こういう書籍のレベル4から7で、その中の1章とか1段落がレベル9や10なのかなぁと勝手な肌感覚を持ってます。

ぶどう畑の用語は複雑性が高くて、文脈からは類推しきれない

もちろん日本語で書いてあるので読めるし、理屈の展開とか面白いですし、気になってるセパージュの話や好きな産地の話が出てくると夢中で読むし、得るものも多いんですけど、何か根本的にふわっとしてしまう。それは、ぶどう畑の用語は複雑性が高くて、文脈からは類推しきれないからです。

1つの言葉に、1つの小さい定義が入ってる言葉って、その意味を知らないで読んでいても文脈のおかげでああこの言葉ってこういう意味なんだなって類推できるし、それが外れることってあまりないですよね。でも、1つの言葉に複雑な定義が入ってたり、複数の定義が入ってたりすると、類推するのも難しいですし、文章全体の理解もふわっとしちゃうんですよね。

例えば、収穫量という言葉って、けっこう複雑な用語です。なんでかって言うと、収穫量を変動させる要因がたくさんあるからです。
・土壌にぶどう樹の必須栄養素がちゃんと入ってるか(それは肥料として補えているかと土壌が栄養素を保持しておく能力があるかとか、栄養素を奪い合う相手がどれだけいるかっていう側面があります)
・そして天候も収穫量を左右しますよね。気温、日照、降水量などなど、それがまた病害を引き起こして収穫量を下げたりもしますし、霜害、雹の害もあります。
・ここで重要なのは、今年の収穫量(ぶどう房の数)は去年の天候に強く影響されているんですが、これはヴィティス・ヴィニフェラがどんな形をしていてどのように生長するのか、その上でそれぞれのセパージュやクローンがもともとDNAに持ってる収穫量の限界がポイントになってきます。下の写真を見てみてください。
・後は、栽培の手法ですよね、密植度、剪定や芽かき、摘房なんかで収穫量をコントロールしていきます。
ものすごく大雑把で不完全な書き方になってしまいましたけども、こういう感じでこれらの要因などが複合して収穫量というものを形作っている。

ぶどう樹の新梢1本に、最大いくつのぶどう房がつくことができるかは、セパージュによって違います。

さっき言っていた書籍のようなレベル4以上の文章では、こういう前提のもとで収穫量についてさらに興味深い話題が語られているってことなので、その面白さを掴むには先にレベル0から3をちゃちゃっと頭に入れちゃった方が楽になりますし、納得度が高い状態で読めるのでイイですよね。

『宇宙ワイン』では、土地・気候・歴史・ぶどう樹・ぶどう畑での仕事の中から毎回、基礎用語を1つお届け中

『宇宙ワイン』では、ぶどう畑の要素を5分野に分けて扱っています。土地、気候、歴史、ぶどう樹、ぶどう畑での仕事です。その中から毎回、用語を1つひとつ見ていくことになります。

土地に関する要素は、土そのもの、地質や地勢について話していきます。
気候に関する要素は、気温、日照、降水量などなど

ここで言う歴史というのは、ぶどう畑の決まりについてです。細かい規定は国や地域によって違いますけど、それは歴史の中でひとつひとつ形成されてきたものが今法律に落とし込まれているので、どんな経緯がありうるのかブルゴーニュを例に見ていこうかなと思っています。

そして、ぶどう樹に関する要素は、ヴィニフェラの形、どう生長するのか、どんな特徴があって、セパージュによる違いはどう観察されるのかを見ていきます。

最後はぶどう畑の仕事、1つひとつの仕事は何か、目的とタイミングとそのバリエーションを見ていきます。ほかの4分野を踏まえた後なので、どうしてこういう仕事をするのか、その判断になるほどと思う部分が多いと思います。

この5分野のうち、1つだけ詳しくなってもやっぱり全体感は見えてこなくて、このベース部分レベル0から3だけでいいので5分野をいっぺんに頭に入れちゃいたいですね。

そうするとその後は、より専門性の高い書籍も解像度高く読めて、興味のある分野にどんどん突っ込んでいけるようになりますし、会ってみたい生産者や専門家とも的確な用語や数値を使いながら具体的な質問をできるのでぶどう畑についての会話が弾むようになります

こんなふうに、ぶどう畑について自由に知ったり考えたりするのって、すごく楽しいですよね。そんな時にこの『宇宙ワイン』が一つのステップになったらいいなと思ってます。

 

ぶどう畑にはどうして謎が多いのか。「ぶどう畑の三体問題」

さっきは収穫量という言葉の複雑性の話が出てきましたけども、ぶどう畑に関する用語は他にも複雑なものが多いので、そのことについても触れておきたいと思います。

天体力学に「三体問題」という、21世紀になってもまだ解決していない問いがあるらしいんです。それは、重力を及ぼしあう3つの天体の軌道を計算で解く問題なんですけども、天体が2つなら解ける問題でも、3つ同時に解かなければならないとなった途端、無理になると説明されています。

なにか難しい問題がある時に、よし、問題をほぐして単純化して考えてみようとすることってよくありますよね。天体が3つで複雑すぎるから、2個ずつ、2個ずつ、2個ずつで計算して最後に統合してみようとか。でも、そうするとこの「三体問題」は不正解になってしまう。なぜなら、3つの天体が同時に影響を及ぼし合っているからです。

なんだか、世の中のいろんな謎って三体問題っぽさがありますよね。「三体問題」自体は天体と重力っていう要素の問題なので、厳密には世の中のいろんな謎は全然三体問題じゃないんですけど、とはいえ要素がいっぱいあって、お互いに同時に影響しあってて次の瞬間どうなるのか計算できないって感じがそっくりです。

それってぶどう畑についても言えるんですよね。ぶどう樹の生長に対して、直接影響を与える要素がある。でもそれはぶどう樹だけじゃなくて、他の要素の変化も引き起こす。その変化が他の要素に連鎖していって、それらの要素がぶどう樹に影響を与える・・・そうすると、この収穫されたぶどうの質や量が、何によって形作られたのかを1対1の関係ではっきり答えられないということです。

要素と要素の関係性こそが・・・!

例えば、日照時間がすごく長い年があったとする。日照時間が長ければぶどう樹は光合成できる時間が長くなるという、直接的な影響があります。でも、もちろんそれだけじゃなくて、日照時間が長いと気温が上がりやすくて、土壌の温度も上がり、温まった地面がまた空気を温めることもありますし、土壌の湿度が下がったりその代わり一時的に空気中の湿度が上がったり、その湿度が気温の高まりに影響したり、その土壌の温度や湿度が土壌の中の生物の活動にも影響して、土としての機能に変化が出る。そんな風に変化した要素がぶどう樹の生長に影響を与える。そして、ぶどう樹もその場所に影響を与えてもいます。その影響しあっている状態が、一秒一秒、途切れることなくずっっと続いてるわけですよね。もしそのぶどう樹が樹齢100歳なら、100年間途切れることなく続いてると。

しかも、複数の区画を比較してみると、同じ日照時間であっても土壌の素材の違いによって、温まりやすさ冷えやすさが違ったり、水分の蒸発しやすさや地下に流れていく速度も違う。土壌が含んでいる水分の量でも、土壌の温まりやすさは変化します。土壌の温度はぶどう樹にも微生物の働きにも大きく影響します。こんなふうに、天候の要素と土地の要素を切り離して考えることができないというのも、ひじょうに重要な部分です。なぜなら天候と土地の関係性がぶどう樹に影響を与えてるからですよね。同じセパージュの同じクローンを栽培していたとしても、区画ごとのそういった関係性がぶどう樹の生長に違いをもたらし続けている。

なので、今日「ぶどう畑の三体問題」として言いたいのは3つです

1 : ぶどう畑には、ぶどうの質や量に影響を与える要素がたくさんあるということ
2 : 複数の要素がお互いに関係しあって変化しうるということ
3 : そこから1つだけを取り出して重要視しすぎると問題の本質からずれちゃう場合があるので注意が必要だなっていうことです。

とはいえ、全部の要素をいっぺんには話せないので、この『宇宙ワイン』では、用語を1つひとつ見ていくことになるんですけども、こんな「ぶどう畑の三体問題」を前提にしつつ、でもとりあえず1つずつ。次回からお付き合いいただけたら幸いです

こちらが音声版『宇宙ワイン』です。