ぶどう樹のその年の生長開始は、気温がコントロールしています。そして、葉が広がれば、温度によって光合成の速度が変化します。まず3つの用語を押さえながら、気温とぶどう樹の生長の関係を見ていきましょう。
1日の平均気温
1日の平均気温とは、その日、1時から24時まで1時間ごとの気温を足して24で割った値のことです。昔はその日の最高気温と最低気温を足して2で割っていたようですが、最近では15分毎に記録をとっている観測場所も多くあります。ぶどう樹は24時間ずっと気温を感じ続けているわけで、それにより近いものが記録されるようになってますね。
閾値温度
ぶどう樹は1日の平均気温が10度を超えると生長します。このぶどう樹が生長開始する気温のことを、閾値温度(いきちおんど)といいます。
度日の累積
ぶどう樹はその年の生長開始を、気温に制御されています。重要なところなので、細かく見ていきますね。1日の平均気温から閾値温度10度を引いた値が、その日の度日(どにち℃.J)です。そして、毎日の度日の累積で、ぶどう樹の生長のタイミングが決まります。
例えば、シャルドネが発芽するには38度日必要、ピノ・ノワールは51度日必要です。冬の間、寒くて1日の平均気温が10度を超える日はありません。春が近づくにつれて1日の平均気温が10度を超える日が出てきます。ある日、今年初めて1日の平均気温が11度になった。その11から閾値温度である10を引いた1が、その日の度日という計算になります。もし次の日、平均気温が12度だったらその日は2度日という計算になって、累積では1+2で3、今年はこの時点で度日の累積が3に達してるってことですよね。毎日毎日その度日を足していった数が、シャルドネの場合38、ピノの場合は51に達すると、発芽するということです。
そして、これは発芽だけではなくて、その後の生長段階も度日の累積によって決まっています。ヴィティス・ヴィニフェラ一般の数値で言うと、葉が10枚広がるには150度日必要で、開花には250度日、結実には380度日が必要です。
ここでひとつポイントなのは、その日の平均気温が8度だったとしても、ただ生長が止まるだけです。累積からマイナス2℃.Jという計算はしません。10より多い数が足されていくんですね。
光合成に適した葉の温度
その一方で、度日の累積とは別に、光合成に適した温度も存在します。大きく生長したぶどうの葉は、最適な条件の下で光合成すると、1㎡の葉あたり1時間にグルコース換算で約2グラムも糖を作ることができます。
ぶどう樹の光合成に最適な温度は27〜30℃、厳密にいうと葉っぱの温度です。葉っぱは厳しい直射日光にあたれば気温よりも熱くなったり、葉の裏から水蒸気を出すことでその葉っぱ自体の温度を下げたりできるので、気温イコール葉っぱの温度というわけではないのですが、やっぱり気温が高くなれば葉っぱの温度もあがりやすいので、気温の項目の中で葉の温度と光合成の関係も見ておきましょう。
前回、光合成のことを無理やり工場生産に例えていました。葉緑体が工場で、材料は水と二酸化炭素、生産物は糖と酸素、そして、その工場を駆動させるエネルギーが光でした。今回ここに加わるのが工場の温度です。工場が27〜30℃に温まっていると、最も効率よく糖を作ることができます。
ここでいう温度は1日の平均気温ではなくて、その瞬間の葉の温度のことです。今回引用したグラフでは、葉の温度が4℃以下では光合成は低調で、27〜30℃で最も活発に光合成しています。それ以上の温度ではまた減速して、34℃を超えるとさらに低下、40℃を超えるとゼロに近くなるのがわかります。
前回は、光の強さによって光合成の速度が変化するのを見てきましたが、今回は気温でも光合成の速度は変化することがわかりました。
暗呼吸と葉の温度
そして、ぶどう樹は生き物ですから、呼吸もしています。呼吸とは酸素を吸って、糖を使って、二酸化炭素を吐き出すことです。つまり、呼吸は光合成の真逆のプロセスと言えます。
ぶどうの葉の細胞の中には葉緑体があって、二酸化炭素を吸って糖を作って酸素を吐き出す”光合成”をしている。同じ細胞の中にミトコンドリアもあって、酸素を吸って糖を使って二酸化炭素を吐き出す”呼吸”をしている。葉緑体が糖を作る工場であるなら、ミトコンドリアは糖から今まさに使うエネルギーを取り出す火力発電所です。
生命を維持するためにも、生長するためにもエネルギーが必要なのでずーっと呼吸をしているわけですけど、葉の温度が高すぎるとただそれだけでより活発に呼吸してしまいます。引用したグラフを見てみると、葉の温度が15℃未満の場合、呼吸は非常に低い値を示しますが、15℃から30℃へと温まると二酸化炭素を7倍も吐き出しています。これだけ糖を使っちゃってるということです。
糖はエネルギーにもなるけど、ぶどう樹を生長させる建築資材ですから、葉の細胞の外へどんどん運び出したい。枝も根もさらに伸ばしたい、小さな葉を大きく広げたい、ぶどうの実を甘くしたい、種子をちゃんと発芽できるように成熟させたい。それらの組織のために細胞の外に糖を輸出したい。でも温度が高すぎると、この葉の細胞の中でたくさん使っちゃう。火力発電所がフル稼働しちゃうということですね。
ここまでは、光の存在に関係なく必要な呼吸、”暗呼吸”の話だったのですが、強い光があると増加してしまう”光呼吸”というものも見ておきましょう。
光呼吸と葉の温度
葉っぱの温度が上がると光呼吸の割合が増加します。ぶどうの葉も、人間の皮膚と同じように強すぎる光に弱いのですが、ぶどうの葉は酸素を吸い込むことで強い光からのダメージに争うことができます。
でも、酸素を吸う分、二酸化炭素を吐き出してしまいます。つまり、光合成でせっかく糖を作ったのに、その糖を使ってしまうということです。グラフを見てみると葉の温度が35℃に達すると、光合成で取り込んだ二酸化炭素の50%が光呼吸に使われてしまっています。
ぶどう樹の健やかな生長や、収穫するぶどうの質を望む人からしてみると、高すぎる気温はあまり歓迎できなそうだなとわかります。
温度はさまざまな形でぶどう樹の生長を左右し続ける
ぶどう樹は涼しい場所へ歩いて行ったりできないですから、自分が植っているその場所の気温というものにもろに影響されます。特に度日の累積に関して言えば、人間が感じないほどのわずかな気温差が、ぶどう樹にとっては数ヶ月分の累積という形で反映されるので、目に見える生長の段階という大きな差になって現れます。
発芽日が早まったとか、開花日が遅れたとか、今年の収穫日は8月だ10月だ。象徴的に”〇〇日”と言われますが、それは一分一秒ごとにぶどう樹が感じている気温の積み重ねが見せる断片にしかすぎないんですよね。高速になったりゆっっっっくりになったり、その両方が組み合わさる、その年のぶどう樹の生長が今日も、今この瞬間も進んでいます。
こちらが音声版『宇宙ワイン』です。