石灰質やカルシウムが土をどう変化させて、ぶどう樹にどんな作用をもたらすのか

石灰質土壌が好きなセパージュのピノ・ノワールであっても、1kgの土壌の中に石灰質が200〜300gくらいの含まれている状態が栽培としては限度と言われています。

前回、石灰岩はカルシウムの塊だという話をしていましたが、カルシウムは土の中で4つの状態で存在することができます。石灰質やカルシウムの量が土をどう変化させて、ぶどう樹にどんな作用をもたらすのか、詳しくみていきましょう。

(前回のおさらい)石灰質CaCO₃は、カルシウム・炭素・酸素でできてる

石灰質とは、カルシウム原子1つに炭素原子1つと酸素原子3つがくっついた分子CaCO₃で、炭酸カルシウムとも呼ばれます。

土壌の中に存在しているカルシウムの4つの状態

カルシウムは土の中で4つの状態で存在することができます 1つ目は石灰岩の状態です。私たちが岩とか石とかと呼ぶような2mm以上の石灰質です。これは不活性石灰とも呼ばれます。2つ目は虫眼鏡や顕微鏡で見ることができる2mm以下の石灰質の粒子です。活性石灰と呼ばれます。

この1つ目・2つ目は岩由来の石灰質なので、専門家が観察すればどの岩由来なのか、母岩を判断することができます。

そしてこの石灰質が土壌の中の酸と化学反応を起こすことによって、
3つ目のイオン化して水に溶けたカルシウムになります。4つ目は、そのカルシウムイオンが土壌の中の冷蔵庫に固定された状態です。

3つ目と4つ目にはもう由来となる母岩の特徴はありません。1つのカルシウムイオンとしての特徴しかないので、肥料として与えられたカルシウムなのか、微生物の排泄物に含まれていたカルシウムなのか、それともその区画に元々あった石灰岩に含まれていたカルシウムなのか誰も見分けることはできません。

そして、ぶどう樹にとっても同じです。ぶどう樹が栄養素としてこのカルシウムを摂取する時も、つまり根っこからカルシウムイオンを吸い上げるわけですけども、これが何に由来したカルシウムであってもぶどう樹の体の中で同じように働きます。

ということは、特級畑の母岩にはいろんな種類の石灰岩があるけど、結局ぶどう樹に吸収される時には単なるカルシウムイオンになっているということです。だから、母岩の石灰岩の種類がワインの質の違いとなって現れると考えるのは非科学的なんじゃないかと、そんなふうに言われる時にこういった理由が挙げられます。ちょっと話がずれちゃったので戻します。

カルシウムはぶどう樹にとっての必須栄養素で、しかも大量に必要

カルシウムは植物の細胞壁を作っているので、カルシウムが欠乏すると植物は生長できなくなるんでしたよね。カルシウムが全く含まれていない土で農業をしたいなら、必ず肥料としてカルシウムを与えないと収穫は望めない。でも、石灰岩を母岩にもつ石灰質土壌なら、永遠みたいに長い間肥料としてカルシウムを与えなくても収穫できる、それほどカルシウムが豊かな土地であると言えます。

植物は根から栄養を吸い上げると、その代わり土の中に水素イオンを出します。水素イオンはプラスの電荷を持っているので酸性です。栽培を続けていると土はじょじょにpHが低下する(酸性方向に進む)んですが、石灰質土壌の場合は活性石灰がすぐに溶け出してアルカリ性を保ちます。これ以上カルシウムが溶けられない100%飽和状態の土壌では、pHが8.5くらいで安定します。

ところが、土壌の中に石灰質が多すぎるとぶどう樹はうまく生長できない

とくに活性石灰(活性石灰は2つ目の、虫眼鏡や顕微鏡で見ることができる2mm以下の石灰質の粒子)がたくさん土壌に入ってると、ぶどう樹の根はうまく鉄分を吸収できません。

鉄分は、ぶどう樹の体の中で葉緑素を作る時に必須の栄養素です。だから鉄分が欠乏すると葉が白化して光合成できなくなります。ぶどう樹の中に貯蔵していた糖分を使い切ってしまえば最終的にその樹は死んでしまいます。なので、土の中の活性石灰の量はぶどう栽培を左右する存在です。

セパージュごとに酸性土壌・アルカリ性土壌の好みがある

カルシウムイオンはプラスの電気を2つ帯びていて、他の塩基と存在するとアルカリ性になるので、石灰質がたくさん入っていると土壌はアルカリ性になります。でも、そもそも多くの植物は酸性にかたよった土壌が好きで、ぶどう樹も大多数のセパージュは微酸性の土壌が好きです。

その一方で、アルカリ性の土壌が好きな、石灰質土壌でうまく育つピノ・ノワールのような稀なセパージュも存在ししますし、シャルドネのように酸性の土壌でもアルカリ性の土壌でもうまく生長できるセパージュもあります。

「石灰質土壌 × 石灰質土壌が好きなセパージュ」の不思議

そして石灰質土壌と、石灰質土壌が好きなセパージュが組み合わさると、成熟期にしっかり糖度が上がってもリンゴ酸が低下しにくいので理想的な収穫日を待つことができます。おかげで、糖度と酸が高レベルで両立した果汁を得る可能性が高くなります。しかもそのより長い成熟期のおかげで香り成分(香りの前駆体)が増加するので、いわゆるエキス分が多い果粒になります。

まだワイン用のぶどう栽培にとっての土壌になってない”石灰質土壌未満”

とは言え、石灰質土壌が好きなピノ・ノワールであっても、1kgの土壌の中に200〜300gくらいの石灰質が含まれている状態が限度と言われています。石灰質が多ければ多いほどいいわけではないですよね。だってほとんどカルシウムしかないわけですから、栽培には他の13種類の必須栄養素も必要ですし、それを固定しておける粘土質も必要です。

以前、ある1級畑のはじっこに、300gよりもっと大量の石灰質が混ざった真っっっ白な表土を見つけました。白く見えているのは大量の小石サイズの石灰岩と細かい粒子の石灰質です。そこに植っているピノ・ノワールはその区画の同じ樹齢の樹と比べて細くて葉も小さくてぶどう房もつけません。毎年剪定の時に今年も生きてるな!と思いますけどもその1年で生長した枝はやっぱり細いですし本数も少ないんですよね。

それはこの土にぶどう樹にとっての栄養素が十分に含まれていないからなんですけども、というよりもこの部分はまだ土になりきっていないとも言えるかもしれません。地面を掘った時に出てくる層を、土・下層土・岩の3つに分類したとき、2層目は岩から土になる過程だと捉えられると話していましたが、まさにこの白い部分は土ではなくてその過程にあるのかなということです。

もしこれから数万年の間に、この大量の小石サイズの石灰岩の風化がさらに進んで、石灰質を構成しているCaとCとOがバラバラになってこの場所からなくなって、一緒に含まれていたわずかな粘土質がこの場所にとどまれば、相対的に粘土質が多くなってくる。そしてもしかしたら1kgの土壌の中に200gの石灰質、残りが粘土質という構成になるかもしれない。そんな充分な量の粘土質が植物にとっての栄養素を固定しておけるから、ぶどう樹もたくさん房を恵むようになるかもしれない。妄想はいくらでも膨らみます。

セパージュにとってちょうどいいpHの幅があって、それが畑と合致していることが望ましい

歴史をこの視点から見てみると、ガメイがブルゴーニュから追い出されたのは、酸性の土壌が好きなガメイは石灰質が強くてアルカリのブルゴーニュの土壌には合わなかったと解釈できます。ガメイはブルゴーニュ生まれですしピノ・ノワールの息子ですけど、その性質は受け継がなかったわけですよね。酸性の土壌のボジョレーで今ガメイが本領発揮しているのは、セパージュとその土地との出会いがいかに重要なのかということを示しているなと思います。

こちらが音声版『宇宙ワイン』です。