人類目線で、無機肥料を見てみよう「すげぇ・・」の巻

今日は、無機肥料というものがどれだけ凄いものなのかということを、人間と無機肥料の関係を通して見ていきたいと思います。

無機肥料が生まれるに至った経緯

18世紀の科学者たちはまだ、植物が何を栄養にしているのか知りませんでした。例えば、根っこが土の粒子をもぐもぐ食べるんだとか、土の中の黒い部分(腐植)が直接の栄養になっているとかさまざまな説が存在していました。

そんな中、19世紀にドイツのリービッヒさん(Justus Freiherr von Liebig 1803-1873)が無機物こそが植物の栄養源だと主張しました。そして実験が成功します。水にバランスよく無機物を溶かせば、水耕栽培で立派に植物が育つと証明されたわけです。

その次に来るのが、これらの無機物をどれだけ効率よく集めてくるかという課題ですよね。リンとカリウムに関しては現在、鉱物資源があと100年200年くらいは枯渇せずにすみそうだということが一応アナウンスされています。

ところが、窒素は鉱物資源がほぼ枯渇しています。なぜなら、窒素は植物が大量に必要とする元素なので、収穫量を増やそうとすると膨大な量を撒かなければいけないからです。しかも、窒素はダイナマイトの原料にもなるから、どの国も窒素鉱物の確保に必死でした。

つまり、窒素は畑に撒けば自国の人口を増やせるし、爆弾にたくさん入れれば他の国を攻めて自分の国が有利になります。でも鉱物資源だと、戦争してやっと独占しても結局枯渇するし、欲しい量に対してそもそも存在する窒素鉱物は不十分だったんです。

なので、どうにかして空気中の窒素をアンモニアにしたい!!と考えるようになりました。だって空気の78%は窒素じゃないか!どこにでも無尽蔵にあるじゃーんと言うことですよね。しかも窒素を水素と反応させればアンモニアとして取り出せるということは、化学式としてはもう知られていました。

でも19世紀末、大量に畑に撒けるくらい安く安定してアンモニアを取り出すことが、技術としてはできないでいました。

空気中の窒素を使ってアンモニアを作るのが難しい理由

なぜかと言うと、アンモニア分子は1つの窒素原子に3つの水素原子がくっついてる構造ですが、空気中の窒素分子は2つの原子がくっついているので、これを剥がして1つ1つにしなくてはいけません。でも、窒素分子は2つの原子が三重結合していて、引き剥がすのがとても難しいんですね。

窒素原子は3本の腕を持っていて、2つの窒素原子同士か3つ握手している状態が窒素分子です。三重結合は自然界に存在する結合の中でも最も強固だと言われますが、地球上で窒素分子の結合を切って土に入れられるのは、雷と一部のマメ科の植物と彼らの根にいる菌だけです。それは地球全体や農地全体からしてみると、すごく稀な存在です。

だからこそ、長い地球の土の歴史の中で、土の中の窒素の量がほぼ変化しなかったわけです。そうすると、そこに育つ植物の量も増えないし、それを食べる動物の量も増えない。つまり、天然の食物連鎖や、有機肥料を使った農業ではぐるぐる回っている窒素の総量が変化しないので、生き物の総量に限界があるということです。

土の中の窒素の量 = 人口(大雑把すぎてすみません)

では、無機肥料が登場するまでどうやって人口が増えてきたかというと、農地を拡大することによって収穫量を増やしていたんですよね。ところが、開墾できそうな場所は全て農地にし尽くしてしまいました。そして次の段階が、1haあたりの収穫量を増やすことで人口を養ったり増やすしかない状況でした。誰か空気からアンモニア作ってくれー!

ハーバー・ボッシュ法とは

それを可能にしたのが、ドイツの科学者ハーバーさん(Fritz Haber 1868-1934)とボッシュさん(Carl Bosch 1874-1940)が作り出したハーバー・ボッシュ法という技術です。

窒素分子の三重結合を切るためには、反応を起こす容器の中の温度が450〜580℃、気圧が200〜300という高温・高圧状態を作り出さなければいけません。その頑丈な炉と、そこから生成されたアンモニアを素早く分離する仕組みを実現したのがハーバーさんです。そして、ボッシュさんは、この装置を大型化して工場で1日何トンものアンモニアの生産を実現しました。ハーバーさんもボッシュさんも20世紀前半にノーベル化学賞を受賞しています。

それまでは、その食物連鎖の中でぐるぐる回っているだけで、回っている窒素の全体量は変化しなかったのに、こうして空気からアンモニアを作って土に撒いたので、それまでの地球ではあり得ない量の窒素が土の中に存在するようになりました。おかげで作物が大量に育ち、それを食べて人間も家畜も爆発的に増加しました。

出典:国連人口基金駐日事務所ホームページ(このグラフは国連人口基金駐日事務所様にご許可をいただいて掲載しています)

計算上では、今生きている人間の約半分はハーバー・ボッシュ法で作られたアンモニア、つまり無機窒素肥料で養われていると言われます。

ハーバー・ボッシュ法の今日

窒素自体は空気中に無尽蔵に無料で存在していますが、炉を高温高圧に保つためには膨大なエネルギーを必要とします。また、反応させるために水素も作っておかなきゃいけないわけですけども、水素を天然ガスから取り出すために800度で250気圧の条件を作るので、大量の石油や天然ガスが使用されます。つまり、無機窒素肥料を作るには膨大なエネルギーが必要不可欠ということです。特にこれまでの人口増加のためには多くの化石燃料が使われたということでもあります。

現在も人間はアンモニアを手に入れるためにハーバー・ボッシュ法に頼っているので、さまざまな側面から省エネになるように、水素の作り方、より速やかに反応が起こる触媒作りなどなどで、今この瞬間も科学者たちの努力でより新しいハーバー・ボッシュ法へ更新されています。

こちらが音声版『宇宙ワイン』です。