「自然」の定義まで遡る ヴァン・ナチュール そもそも論

意図的にそこに作物を植えて収穫を得ているのだから、ぶどう栽培に「自然な」と形容詞をつけることに違和感を覚える。そんなあなたに捧げたい、「自然」という言葉の定義に遡るヴァン・ナチュールそもそも論。

natureナチュール(自然)という言葉の2つの定義

フランス語でnatureナチュール、日本語で自然。辞書で調べると、どちらの言語でも複数の定義が記載されています。今回取り上げるのは、特に2つです。

1、人間の手の加わらない、そのもの本来のありのままの状態。天然と同じ意味。
2、そのものに本来備わっている性質。

これらの定義は、突き詰めていくと集約するようにも思えます。だから1つの言葉として存在できるのも納得感がありますよね。でも、実際にnatureナチュールや自然という言葉を使うとき、この2つの定義を取り違えると大きな誤解となる場合があります。

(ヴァン・ナチュールと言うときのナチュールは形容詞ですので、日本語では「自然な」と訳すことができますが、形容詞の場合も同様に2つの定義が成り立ちます。)

日本語で自然と言うとき、1つ目の定義の方が圧倒的に使用頻度が高いので、天然(または天然に近づけようとしている)という意味でヴァン・ナチュールを理解しようとしているところを見かけます。ぶどう栽培やワイン醸造に人が関わらなければ関わらないほど尊い、推せる!ワインだという感覚ですよね。この感覚にはすごく親近感があるんですけども、ところが実はそもそもフランス語でヴァン・ナチュールと言うとき、2つ目の定義の自然で使われているんです。それはつまり、

「ぶどう畑の環境、ぶどう樹、ぶどう房に本来備わっている性質を”人間が”利用して作ったワイン」がヴァン・ナチュールだという考え方です。

今回言いたいことは、ヴァン・ナチュールはなるべく人間の要素を減らそうとしてるワインではなく、ものすごく人の知識や手が掛かっているワインなんだということです。つまり、ヴァン・ナチュールは農業的要素が非常に強いワインです。

「ぶどう畑の環境、ぶどう樹、ぶどう房に本来備わっている性質を”人間が”利用して作ったワイン」がヴァン・ナチュールだという考え方の具体例を4つ挙げると・・・

ヴァン・ナチュールのぶどう栽培では無機肥料を撒かず、有機肥料を撒くか、もしくは動物を畑で飼育したりして、土というシステムにもともと備わっている植物にとっての栄養素が循環する仕組みでぶどうを栽培します。

ヴァン・ナチュールのぶどう栽培では化学農薬を散布せず、ビオディナミの調合剤などを散布します。ぶどう樹に本来備わっている病害に対する抵抗力を最大限に引き出すための調合剤です。

ヴァン・ナチュールの醸造では買ってきた酵母を添加せず、収穫したぶどう畑由来の、そのぶどうの果皮に付着しているいわゆる野生酵母に醗酵を任せます。

ヴァン・ナチュールの醸造ではSO2を可能な限り添加せず、ぶどうの果皮や種に含まれる成分、もともとぶどうに備わっている成分で雑菌による汚染や酸化に抗います

こうしていくつかの具体例を見てみると、ヴァン・ナチュールは天然になるべく近づけようとしているワインではなく、その環境やぶどうがもともと持っている性質を”人間が”利用したワインだということがわかります。

もう少し具体的に見ていくと。ぶどう畑で動物を飼育するにしても、その区画に対してどの家畜を何頭ずつ・何羽ずつ飼うのかを決められるということは、人間が土のシステムのことを理解していて、有機物が腐植化・無機化されて植物の栄養になって、はえてきた草や落ちてきた果物を家畜が食べる・生きる・排泄するという、そのバランスを人間が計算できるということです。よし!ここで牛100頭飼っちゃおう!とか思わないわけですよね。

それはどうして計算できるのかというと、農業の歴史の中で積み重ねられてきた知識があるからで、再現可能な状態を作り出している。つまり人間が、農業=科学をやっています。

人が住みはじめる前の天然のブルゴーニュの土地でワインを作る?!

これがもし天然に近づけたいのであれば、今でいうこのブルゴーニュの土地は、人間が住み始めるまでそして住み始めた後もずっっと、野生のオオカミが大繁栄しているような結構怖い土地でした。そういう人間の手が加わっていない天然の状態の再現、決してオオカミの放し飼いをしたいわけじゃないですよね。

それはぶどうについても同じです。ロマネ・コンティは誰もが認めるぶどう栽培にとても適した場所ですが、ここにもともとピノ・ノワールが自生していたわけではありません。誰かが、自生していた大きな樹を切って根っこを掘って出して、大きな石を外に出して耕してぶどう樹を植えられるように、農業を始められるようにしたんですよね。だから今、あそこはぶどう畑になっています。

というわけで、天然に近づけようとしているわけではなくて、土地の性質を利用してワインを作っています。

ヴァン・ナチュール作りには職人さんが絶対必要です

もうちょっと深ぼっていくと、ヴァン・ナチュールのぶどう栽培に使われるビオディナミの調合剤は、化学農薬に比べて効き目が弱いので、常にその畑に向き合ってその畑を理解している職人さんが絶対的に必要になります。

化学農薬は説明書通りに散布すればどんな地域の畑にもしっかりと効果が出るからこそ、これだけ多くの農家に使われている科学の結晶なわけですけど、ビオディナミの調合薬はそうはいかない。その区画ごとの違いが頭に入ってる職人さんだから、どの調合剤を使うのか・いつ散布するのか決められるわけです。その人たちって、本気すごい。(注 : 本気=まじ)

もちろん、ビッグデータの活用も始まっていますし、AIとロボット技術が職人さんを超える日って来ますけど、現状、トータルでヴァン・ナチュールを作れるのは職人さんだけという状態です。ですのでワインを評価するときに、天然の状態に近い方が、人の手が関わってない方がワインとして高度だと思ってしまうのはかなりもったいないなと、それは個人的に思います。

だからこの文脈で言うと、ヴァン・ナチュールは天然の状態でつくったワインではありませんし、なるべく天然の状態に近づけようとしているワインでもありません。ぶどう畑の環境、ぶどう樹、ぶどう房に本来備わっている性質を”人間が””職人さんが”利用して作ったワインです。

ヴァン・ナチュールを数値でくくって定義するのが難しい理由

そして、そのぶどうや環境の性質に頼っているががゆえに、例えばSO2の添加を0にしないとヴァン・ナチュールとは名乗れないというような、数字で括る定義づけが難しいと言えます。

なぜかというと、もともとセパージュごとにアントシアニンなどのいわゆる抗酸化物質を作り出す能力に違いがあるからです。一方で、同じセパージュであっても、抗酸化物質がぶどう果粒に凝縮しやすい気候の地域、そうじゃない地域がある。そのセパージュやその環境の特性があるので、それを最大限いかすと醸造の難しさが同じレベルにならないということです。

となるとここで重要な問いは「SO2の添加を0でワインを作ること」と「そのぶどうやその環境の性質をいかしてワインを作ること」どっちがヴァン・ナチュールの作り方なんだろうか、人によって考えが違ってくるところですね。

 

さてここまでヴァンナチュールについて、そもそもそもそも言ってきましたけれども、ところが次回は『天然になるべく近いワイン』ってあるし、面白いし、美味しいじゃんって話をしたいと思います。

こちらが音声版『宇宙ワイン』です。