それまで畑に与えていた肥料の成分が、土の中の微生物の種類に強く影響しているということが知られるようになりました。そしてどんな微生物が繁栄しているかによってその土全体の今の性質が決まり、作物の生長や収穫量に大きな影響を与えます。
土の中には、2つの異なる性質を持った微生物のグループがいる
今回は、2つのグループの微生物の話なので、”イロハニ微生物”と”ホヘト微生物”と勝手に名付けてみました。
1つ目の”イロハニ微生物”のグループは、人間が畑に無機窒素を撒くと繁栄するタイプ
イロハニ微生物は土の中の無機窒素を吸収しながら増殖していきます。植物も根から無機窒素を吸収して生長していくため、植物とこのイロハニ微生物は無機窒素を取り合う関係なんですが、人間が両者にとって充分な量を与えているので収穫量は確保できているのが一般的な状態です。
2つ目の”ホヘト微生物”のグループは、常に無機窒素が足りない土の中で繁栄するタイプ
ホヘト微生物は、土の中で大きな有機物を小さな有機物へ腐植化し、小さな有機物を無機物へ無機化しながら増殖しています。無機化された窒素は植物に吸収され植物の体になります。そしてその植物の生長期が終われば枯れたり落葉したり枝が落ちたりと、大きな有機物となって再び土へ戻ってきます。そしてそこからまた微生物に腐植化と無機化されるサイクルが繋がっていく状態です。
ここで重要なのは、どちらのグループの微生物が繁栄しているかどうかで、その土の性質がまったく違う物になってしまうということです。
イロハニ微生物とホヘト微生物の土への影響
例えば、イロハニ微生物のグループが繁栄している土で、今年から有機農業を始めたとします。すると土の中に無機窒素が足りなくなるので、その年の収穫量ががくっと下がってしまいます。なぜなら作物が根から吸収したい無機窒素が、イロハニ微生物に先取りされてしまうからです。人間から充分な量の有機物が与えられているのに、このイロハニ微生物たちはそれを無機物にしていくことができません。
一方、ホヘト微生物のグループが繁栄している土で、有機農業を始めるとどうでしょうか。人間から与えられた有機物をどんどん腐植化し無機化して、土の中に作物にとって充分な量の無機窒素を用意することができます。こうしてできあがった無機窒素があっても、それをどんどん吸収してしまう微生物がそれほどいないので植物にとって有利な環境です。
農地の微生物の種類は人間に決定権がある
生き物は土を構成する5つの要素の1つです。生き物のおかげでこの土のシステムがダイナミックに稼働しててすごいなあと毎回のように言ってる気がするんですが・・。その中でも、微生物の種類がこれほどまでに土全体の性質を変化させてしまうというのは驚きです。とは言っても、1つの場所で微生物の種類だけがすげ替わるということは起こらないわけで、その微生物が繁栄するのに好ましい条件が揃っているというところが重要ですよね。
今回の話でその条件は、肥料の種類という人間が完全に決定権を持っている場合なので、その人の知識や経験、そしてその畑をどのように運営していきたいのかという意志が鍵になっています。今まで与えてきた肥料が今の土を決定づけているのだから、今与える肥料が未来のこの土を決定するわけですよね。
科学と農業と思想のつながり
20世紀後半に流行していたような、無機肥料と除草剤を撒くタイプの農法では何をしているかというと、ぶどう樹以外の植物をいわゆる雑草と呼んで、畑から排除するために除草剤を撒きます。雑草が栄養素を先取りしてしまうから排除して、ぶどう樹に栄養素を独占させたいという考え方です。
ところが、実は土の中にも手強い競合相手がいたということになります。しかも無機肥料を撒くほうがそういうイロハニ微生物が増えてしまっていたのは皮肉です。もちろんその頃はまだ微生物の違いは知られていなかったわけですけれども、近年の微生物の科学者さんたちのこういった研究成果がもう本当にすごいですし、無機肥料しか使ってなかった農家に理解されて様々な技術や哲学が農業に実装されていくのが面白いです。
そして、農産物を食べたりワインを飲んだりする私たちの意識も、それを知ることによって変化するんですよね。一人の人間が生きている間にそういう時代の転換や、並行してさまざまな考え方で作られた多様なワイン存在する状態は、今まで何千年もワインの歴史の中であり得なかったわけなので、その違いを興味深く感じられたらいいなと思います。
こちらが音声版『宇宙ワイン』です。