44. mildiouミルデュー(ベト病)の歴史と traitementトレットモン(農薬散布)の弊害とterroirテロワール

ミルデュー(ベト病)の歴史

もともとmildiouミルデュー(ベト病)の原因のカビplasmopara viticolaプラスモパラ・ヴィティコラはフランスにはなかった。昔のブルゴーニュのぶどう畑にはミルデュー(ベト病)は存在しなかったのだ。

ミルデュー(ベト病)が最初にフランスで確認されたのは1878年で、アメリカ大陸から運ばれてきたと考えられている。ボルドー大学のMILLARDETミラルデ教授がbouillie bordelaiseブイィ・ボルドレーズ(ボルドー液)を、対ミルデュー(ベト病)のtraitementトレットモン(農薬)として正式に発表したのは1885年。

散布のタイミングが現在ほど厳密に予測をたてられるようになるまでには紆余曲折があった。ぶどう畑の風景に樹齢の高いばらの木がおおいのはその名残だ。

ばらの木はぶどう樹のミルデュー(ベト病)よりもすこし早めに症状があらわれるから、農薬散布が必要になるタイミングを知るために、ぶどう樹のそばに植えられていた。

ここまで農薬散布のページをここまでお読みくださった方ならお気づきでしょう、ばらの木にもう症状がでているなら農薬散布の最適なタイミングをすでに逃してしまっているわけで・・、でも、その当時はそのくらいミルデュー(ベト病)のことがわかっていなかった。

微生物学の発展や、microclimatミクロクリマ(微気候)にきめこまかく対応した高精度の気象予報、ぶどう樹をつぶさに観察し、climatsクリマ(区画)ごとのちがいを記憶する熱心な仕事の蓄積が、現在の農薬散布のスタイルとして実を結んでいる。

農薬散布の弊害

bouillie bordelaiseブイィ・ボルドレーズ(ボルドー液)の発見以降も、対ミルデュー(ベト病)の化学農薬がいくつか開発され世界各地のぶどう畑で使われてきた。

化学農薬のなかには連続して使用するとミルデュー(ベト病)の原因のカビ、プラスモパラ・ヴィティコラに耐性ができ効果がでなくなるため、おなじ種類の化学農薬を1年に1度しか使用しない、また1年に2度以上使用する場合は他の農薬と交互に使うことなど制限付きで使用が認められているものもある。

agriculture biologiqueアグリキュルチュール・ビオロジック((AB)有機農業)で使用がゆるされているブイィ・ボルドレーズ(ボルドー液)は、おおくの生産者が使用しているけれど、ミルデュー(ベト病)の蔓延するリスクが高い年に、これをトラクターで何度も散布をおこなうより、強い効果のある化学農薬を1~2回散布するほうがマシなのではないかという考え方もある。

軽量化が進んでるとはいえ、トラクターが何度も通過することで土壌が踏み固められてしまうことへの懸念と、土壌中の微生物や小さな生き物に対して銅がおよぼす悪い影響を重要視してのことだ。

一応アグリキュルチュール・ビオロジック((AB)有機農業)のぶどう畑には1年に6000g/haの銅を超えてはいけないという制限があるけれど、それで充分対策ができているかといえば保証はない。

なにに主眼において、どの農薬を選択するか

くりかえしになってしまうけど、農薬散布をまったくしないですむなら、しないに越したことはない。でも必要だということが分かった。それなら最低限におさめたい。

mildiouミルデュー(ベト病)が最初にフランスで確認された1878年から、ぶどう樹の栽培にかかわってきた人々が積みかさねてきた経験が、現在の農薬散布の選択肢にあらわれている。選ぶことができるのだ。

bouillie bordelaiseブイィ・ボルドレーズ(ボルドー液)か、新しく使われ始めたbiocontrôleビオコントロールか、いくつかある化学農薬か、tisane d’ortieティザヌ・ドルティ(煎じたイラクサ)か、もしくはリスクをまるごと受けとめる完全無農薬か。なにに主眼において、どの農薬を選択するかぶどうを栽培するひとによってちがう。

農業はどんなものとでも繋がりうる。農業はなににもなりうる

人によって農業の解釈はことなり、
たとえば、農業は職業になる。農業は化学にもなる。農業は詩にもなる。農業は商売にもなる。農業は政治になる。農業はファッションにもなる。農業は文化にもなる。農業は公害にもなる。農業は趣味にもなる。農業は思想にもなる。農業は哲学にもなりうる。農業は信仰にもなる。農業は商品にもなる。農業は生物学にもなる。農業は栄養にもなる。農業は廃棄物にもなる。農業はグルメにもなる。農業はスポーツにもなる。農業は医学にもなる。農業はテロワールにもなる。農業は世界遺産にもなる。農業は自然にもなる。農業は人工にもなる。

しかし、農業は天然にはならない。農業は農業である。

では、これらのことと、今度は農薬とを繋げて考えたときに

印象はどう変わるだろうか。変わらないだろうか。それぞれ感じることがあるように思う。

個人的なことであり、そうでないことのようでもある。たとえば同時代を生きるすべてのサイズの生物。農耕や農業というものを地球上ではじめて初めた人から、自分、未来を生きる人や動物。

地球に農耕や農業がない頃に自分が生まれてたとして、ひとりで種ってものを発見してそれが春に発芽することをちゃんと確かめられただろうかと思うと、できてなさそうだし笑、水の必要性とか土の肥沃具合の概念に気づくだろうか、ましてやぶどうを挿し木したり、接木なんてまさかできませんわ汗。

そう考えると、とんでもないものが積み重なって、積んで重なってもう、それはそれはすんごい人数の仕事と発見と研究と・・・とほうもございません。尊敬しています。この場を借りて、今まで農業をしてこられた方々に尊敬と感謝の気持ちを申し伝えたい。

話がずれたけど、そのとほうもない人数と仕事量と発見と研究のなかに、いろいろな種類の農薬とその散布方法があるということに気がついた。

ぶどう樹を栽培する人によって、その農業はいろいろなものと繋がっているのだろう。いろいろなものと繋がった農業で、その農業に適した農薬を使っている。

テロワールになる農薬散布

mildiouミルデュー(ベト病)をブルゴーニュのterroirテロワール①の要素の1つに数えると、おもしろい。

テロワール①は「ぶどう房や果粒の質や量に影響しうる、すべての要素をさす。なおかつ、それらの要素と要素の関係性も含む。とにかく最大限に大きな規模でとらえた意味でのぶどう樹が生きる環境、生態系のこと。」もちろんミルデュー(ベト病)も含まれて然り。

また、テロワール①の要素は4つに分類することができる。土地にかんする要素、気候にかんする要素、風景にかんする要素、そして人間の文化や仕事にかんする要素だ。

その仕事にかんする要素の中に農薬散布も含まれると考える。ミルデュー(ベト病)も、農薬散布もぶどう房や果粒の質や量に影響しうるから、ブルゴーニュのテロワール①の要素の1つだ。

そして重要なことは、「ワインにその畑の独自性をもたらす、畑の潜在性」であるterroirテロワール②を、「それぞれの畑のぶどうを由来としたワインに備わり、外観・香り・味わいなどに現れるその畑の独自性・個性」であるterroirテロワール③として表現する邪魔をしない農薬がこのましい。

climatsクリマ(区画)の独自性をもつワインがブルゴーニュのワインだからだ。

ぶどう樹もふくむぶどう畑の生態系のなかで、健康に歳を重ねながら毎年ぶどう房を恵んでくれるvieille vigneヴィエイユ・ヴィーニュ(ぶどうの古木)は、そのclimatsクリマ(区画)の独自性を表現するワインにかかせない。

農薬散布はその生態系に影響を与えるリスクがあるからこそ、この仕事をテロワール①の要素の1つと心得ていたい。