今年コンポストや肥料を撒くかどうかは、ここ数年間の収穫量やぶどうの質、ぶどう樹の枝の太さや葉の状態など、総合的にぶどう畑を見て生産者が各区画ごとに判断する。
畑の土や生長期の葉を試験所で分析してもらって、その数値をみて施肥が必要かどうか判断することも可能だ。
植物の必須3大栄養素のぶどう樹中での働き
N 窒素はとくに、葉を充分に茂らせたり、枝を太くする
P リンはとくに、開花と結実を安定させる
K カリウムはとくに、病気や霜に対しての抵抗力をつける。また、果汁の糖分をより豊かにし酸をより少なくする
・・・という解説を参考にしている人もいれば、全然気にしない人もいる。
畑に届けられたコンポストの入った袋。
この季節になると、村のあちこちで見かける風景だ。
そして、コンポストや肥料を自作するドメーヌもあれば、写真のように購入して届けてもらうドメーヌもある。このコンポストの質は安定していて、含有している成分も記載されている。その栄養素についてはおいおい見ていこう。
土に返るとは
ぶどう樹の葉、枝、果実、根・・その年の役割を終えた器官は土に返ることができる。もちろんぶどう以外の植物も、そして命をまっとうした動物も微生物から小さな哺乳類までぶどう畑で土にかえる。
では、土に返るとはどういうことだろうか。
土中に生きている小さな動物や虫や微生物が、土の上に落ちたこれらを食べる。そして消化吸収排泄されることで、humificationユミフィカスィオン(腐植化)される。
けれどもこの腐植質は有機化合物なので、まだぶどう樹の根はこの物質を栄養として大量に吸収できない。分子では大きすぎるのだ。
そしてもう一度、またちがう微生物たちがこの有機化合物を食べ消化吸収排泄することで、minéralisationミネラリザスィオン(無機化)されると、イオンになって水に溶けるようになる。
このイオン化した無機物をぶどうの根が栄養素としてそれをやっと吸収できるのだ。
秋に黄金色になった葉が土の上に落ち、いつのまにか土と同じ色になり、かたちが失われて、土と見分けがつかなくなる。つまり、土になっているということだ。そのあいだに多くの生物の営みがあった証拠でもある。
そして土になったということは、また別の生物の営みの糧になりうる。
agriculture biologiqueアグリキュルチュール・ビオロジック(有機農業)と施肥
compostコンポストは微生物によってユミフィカスィオン(腐植化)された有機物だから、AB (agriculture biologiqueアグリキュルチュール・ビオロジック(有機農業))の認定を受けている畑にも使うことができる 。
コンポストがぶどう畑に撒かれると、土壌の微生物によってミネラリザスィオン(無機化)され、やっとぶどう樹(もちろんほかの植物も)の栄養になれる。
こちらの顆粒はengraisアングレ(肥料)
ユミフィカスィオン(腐植化)とミネラリザスィオン(無機化)の両方が生物によって行われて、その後も化学的な処理がされていないから、無機化までされた肥料もAB(有機農業)の畑に使うことができる。
AB(有機農業)の畑へ撒くことが禁止されているのは、化学的に抽出された成分(有機物でも無機物でも)を調合したタイプの肥料だ。
植物は結局イオン化された無機物しか吸収できないんだから、化学的な方法で大量生産して畑に撒いてみようー!という農業では、土の中の生物はいてもいなくてもいいことになってしまう。土に生き物がいなければ、落ちた葉っぱは土に返らない。
そんなわけでアグリキュルチュール・ビオロジック(有機農業)の施肥には、とにかく腐植化と無機化を担う生物が不可欠だ。
これらの生物が消化・吸収・排泄している、つまりその環境に生きているということが重要なのである。栄養素をサイクルさせる土中の生物は、その畑の生態系を構成するたいせつな存在だ。
日本語では有機農業と表されるこのことば、フランス語では直訳するとagriculture(農業) biologique(生物学的・生物の)となり、生物ありきの農業という面がより強調された表現になっている。
buttageビュタージュ(土寄せ)後の畑に撒かれたcompostコンポスト
生態系の中の強烈な不自然さ
土って何かよく考えたことがなかったから、腐植化と無機化と植物の栄養の循環を知ったとき、衝撃がはしった。まったく目に見えない大きさものが、巨大なものを動かしている。
ワインの醸造中にアルコール醗酵を目の当たりにした時とおなじ衝撃だ。醗酵樽のように土壌も大きな1つの生き物のようである。しかも醸造の場合もぶどう畑の生態系にも、人間の存在・判断・仕事も組み込まれていておもしろい。
人間の寿命を遥かにこえる時間をひとつの環境で生きるヴィエイユ・ヴィーニュ(古木)もぶどう畑の生態系を構成するひとつの要素だ。けれどここはぶどうの原種が育つ手つかずの森の中ではない。
この風景をつくっているのは強烈な不自然さと、それと同じだけの必然性をもって極まるピノ・ノワールの単一栽培農業のぶどう畑だ。
誰かがピノ・ノワールしか植えないと決めた・・このテーマは『Terroirテロワールのことを、もっと知りたい』に引継ごう。