3. pépinièreペピニエール(苗木屋)の仕事

ぶどう樹は生命力が強い。
長く伸びた枝をそのまま土に埋めておけば、根がはえて次々と枝が増え、それらが樹になるし、また、根をそのままに幹を倒して土に埋めれば、その樹の枝たちがそれぞれ新しい樹になる。

でも、こういう増やし方はもうできない。

フィロキセラ

19世紀後半にアメリカ大陸からきたphylloxéraフィロキセラ(ブドウネアブラムシ)は、vitis viniferaヴィティス・ヴィ二フェラ(ヨーロッパ系醸造用ぶどう品種)にとっての大害虫で、ブルゴーニュでは1875年6月15日に観察され、その後ほぼすべての畑を壊滅させた。

現在、ブルゴーニュに百数十歳のvieille vigneヴィエイユ・ヴィーニュ(ぶどうの古木)が存在しない理由のひとつは、フィロキセラにあるというわけだ。

アメリカ系品種と接ぎ木

やっとのことで発見され、馴染んだ対策方法は、この虫に耐性のあるアメリカ系ぶどう品種とのgreffageグレファージュ(接ぎ木)だ。

フィロキセラは土の中に住んでいて、ぶどう樹の根から樹液を吸い取る。だから、根だけアメリカ系ぶどう品種にしてしまうというわけ。樹全体をヨーロッパ系とアメリカ系の交配にする方法は1931年に禁止されている。

ということで、ぶどう樹のpépinièreペピニエール(苗木屋)の仕事をみておきたい。

ぶどう樹の接ぎ木。切り口がΩの形だからオメガ方式と呼ばれる。

Ω式の一例。切り口がオメガだから、こう呼ばれている。現在最も一般的。
上部がgreffeグレフ(=greffonグレフォン 穂木); ヴィティス・ヴィニフェラ[ヨーロッパ品種]
下部がporte-greffeポルト・グレフ(台木); ヴィティス・リパリア[アメリカ品種]
※このカタカナ表記はブログを読み進めやすくするために付けているので実際の発音とはかけ離れております。

ぶどう樹の接ぎ木。アングレーズ方式。接着面積が広いため接ぎ木の成功率が高いが、熟練の技術が必要。

こちらはアングレーズ方式。切り口の表面積がより大きいため確実性も高いけれど、この仕事にはより時間がかかるし熟練も必要。

丁寧に教えてもらったコツは、狙いを定めたら迷わないこと。

ぶどう樹の接ぎ木、アングレーズ方式を熟知した職人。

他にもいろいろな切り方があるが、いずれにしても外れにくい形、樹の自然治癒力を最大限に利用できる形で切断され、確実に接ぎ木を成功させることが念頭に置かれている。

穂木になる枝は休眠させておくため、湿度と温度が整えられた蔵の中で順番を待っている。

ぶどう樹の接ぎ木の穂木になる枝は休眠させておくため、湿度と温度が整えられた蔵の中で保管される。

袋についた札には、もう、それはそれは錚々たるドメーヌの名が並ぶ。
うー、ぞくぞくするぜ。あ、寒いだけかー(°д° )

穂木には、注文主がこれから植えるその区画ないし、そのドメーヌの畑のぶどう樹の枝が使われる。ドメーヌの主は既にその樹の特性が、その畑と調和していることを知っている。つまりvieille vigneヴィエイユ・ヴィーニュ(古木)になる可能性が高いということだ。

1穂木に1芽、適切な長さに切られる。

ぶどう樹の接ぎ木のために1穂木に1芽、適切な長さに切られた新梢。

手作業。早い。正確。かっこいい。

ぶどう樹の接ぎ木のための穂木を切る職人。


この枝が母樹から切られたのは11月、接ぎ木、発芽、2芽残して剪定・・など、20ほどの工程をへ得て、出荷されるのは再来年の春だ。

ぶどう樹の接ぎ木後の工程。発芽させ、剪定し、保護して出荷する。

台木にも数えきれない種類が存在し、選択可能。アメリカ系品種の交配種で、フィロキセラへの耐性はもちろんのこと、その他の病害への耐性、寒さや乾燥への耐性、土壌の成分の個性に合わせたり・・研究は進んでおり、反映されているいる。

ぶどう樹の接ぎ木の工程が全て完了した苗木。

去年の春、接ぎ木された分の出荷。赤色はパラフィンで、接ぎ口の保護と、発芽のスピードを抑えるために施される。

苗木屋、ぶどう畑仕事専用トラクターの工場、樽工場などなどを訪ねると、文化的にということはつまり産業としても充実していることを実感し、ブルゴーニュのワインを支える人々と歴史の広がりとその層の厚さに驚く。

苗木屋さんが一つひとつ手で接いだ苗を、畑に植えていく。

根が当たる深さの土の湿度が適切な日に、まっすぐ正確な深さで。

ぶどうの苗木の植え付け。

30年後、ちゃんとvieille vigneヴィエイユ・ヴィーニュと呼ばれるようになるだろうか。
60年後、多くのmillerandageミルランダージュを恵んでくれたりするんだろうか。
90年後、誰がこのぶどう樹と働くんだろうか。
わたしたちが知らない、120歳のヴィエイユ・ヴィーニュが表現する
この畑のテロワールを、熟成を経て200年後、誰が味わうだろうか。